嫌いな人との茶の湯は不可

上の写真は林真理子「着物をめぐる物語」59ページの上に、半夏生を置いて撮影したものです。今年の半夏生は7月2日ですが、自宅の庭にある植物の半夏生は、6月27日の時点で写真のように葉が白くなってます。
絵は甲斐庄楠音の「横櫛」という作品で、
https://search.artmuseums.go.jp/records.php?sakuhin=150361
で、絵の全体を見ることができます。
「その四 お夏」と書いてありますのは、この本の4番目の物語が「お夏」という題でして、林真理子は甲斐庄楠音をモデルとして書いたようですが、もちろんフィクションであり、現実の甲斐庄楠音をレポートしてるわけではありません。
物語の冒頭は「気味の悪い男、というのが由美子の第一印象であった。」と始まります。由美子はこの物語のヒロインで、甲斐庄に対する彼女の生理的とも言える嫌悪感が以下にも描かれてるので紹介してみます。
さて、話が進行して、次のような文章があります。老人と書いてあるのは、甲斐庄楠音のことです。
「あの老人とあまり関わり合うことがなさそうで、本当によかったと由美子は思った。他に大物女優が二人出演しているために、甲斐庄はそれにかかりきりになる。由美子は会社の衣裳部に任せるということになっているのだ。その通達はどれほど、由美子を安堵させたことだろう。あのしなびた蜜柑色の手が、自分の体に触れることを想像するだけで、本当にぞっとしてくる。」
そこからしばらく後の部分に、次のような甲斐庄の言葉が書かれています。
「この友禅な、四条河原町のえり庄さんがな、戦争が終わるまでずうっと蔵の中に入れといたものなんや。職人の出来が今とはまるで違う。戦争からこっち、職人の気質が変わってしまったからな。今はどんなもんつくっても、やたら売れるさかい、手を抜くとこは手を抜くで。昔の職人はそんなことせえへんかったからな・・・中略・・・いつ陽の目を見るんやろうか、ほんまに戦争は終わるんやろうかと、人間と同じように蔵の中でずうっと耐えてきた絹や。いい艶が出てきましたやろ」
そして、「これは小袖に仕立てまひょと、甲斐庄は歌うように言った」と書かれています。
さて、その友禅の反物を、甲斐庄が由美子の肩に掛けてみる場面が、次のように描かれています。
「由美子の肩に反物をかけようと、甲斐庄が由美子に近づいてくる。由美子は身を固くする。老人の乾いた体臭と、旧家の黴くささを同時にかいだような気がしたからだ。
『なんや、あんた、棒のようにつっ立って。女なら、こういう時かたちを作らなあかん』
甲斐庄は呆れたように声を上げたが、怒っているというよりも、目の前の若い女をどこか面白がっている風でもあった。
『あんた、着物を着たことないのんか』
『ええ。私たちは学童疎開で、芋のツルをくわえてた世代です。戦争終わって女学校に入った頃は、完全なタケノコ生活で、うちに着物なんてまるっきりありませんでした。ごくたまに母が昔着てたものに、袖をとおしてたぐらいです』
『日本の女子(おなご)もおしまいやなあ・・・』
甲斐庄は今度は本気で深いため息をついた。」
アノ、食べ物の好き嫌いって、誰にでもあるかと思いますが、人に対してもですね、好き嫌いってのはありまして、好意を持てる人もいれば、嫌悪する人もいるってのが人間・・・というか、誰でもそうだろうと思います。
で、茶の湯なんですけど、茶の湯は好意が持てる人といっしょに、交流する喜びを共に味わい、楽しむために行うものですからネ、当然、肌が合わない人や、さらに言えば嫌いな人とは、しない・・・というより、できないといったほうがいいでしょうか、「和」とか「敬」って言ってもですね、大好きな人の集まりだから和の雰囲気が醸し出されるんだし、敬愛することもできるんですよね。