茶人の本音は戦争反対だけど

ふみ

上の写真は東京大空襲に関するTV画面を撮影したものです。で、初めは私が思ったことを書こうとしてたんですけど、やめました。東京大空襲についていろいろ知ってく過程で、自分の心の衝撃や痛みが募ってきて、そっちのほうが解決課題と感じられちゃったからです。

 

で、爆撃機の米兵が、個人的に誰か日本人を悪く思ってたり、焼き殺そうとしてたなんてことはないでしょう。同じように、米国人、英国人に誰も知ってる人がいないような大多数の日本国民がですヨ、どうして「鬼畜米英」とか、個人的に知らない人々を憎むように付和雷同させられたの? ・・・ って、それ、素朴な感想です。

 

茶の湯は人を大切にし、人と融和し、他の人と楽しく心地良く、心満たされるひと時をいっしょに過ごそうってことのためにあると、私は思ってます。

ですからネ、敵対したり殺し合うことを強要される世界は拒絶 ・・・ なんですけど、アノ、昔、TVドラマ「おしん」を見てましたら、「兵隊を続けたくなくて」逃亡してた青年が発見され、撃たれて死ぬシーンがありましたの、今でも瞼に残ってます。

アア、参っちゃうなァ、「自分の命を賭して」まで、思いを貫く ・・・ って、それほどの気概は私にはありませんし、また同じく、他人に求めようとも思いません。「人それぞれ」ですからね。

 

そこで昔の話ですけど、「茶道月報」という雑誌がありました。その昭和16年5月号にですネ、「皇国茶道会皇国茶道連盟結成式」、もう一つ、「皇国茶道会結成式」という表題の文が載ってます。6月号にも「皇国茶道会」と題する文があります。

それで、古い話になるんですが、明治14年に星岡茶寮ができ、明治42年には茶道各流派による合同茶会が星岡茶寮で行われたと伝えられます。その茶会をきっかけに「茶道協会」ができたと言いますが、昭和16年には茶道協会も関わって「皇国茶道会」、そして「皇国茶道連盟」というのに改変というか、新たにつくられまして、そのことを知らせる雑誌記事が茶道月報に掲載されてるってわけです。


そしてその皇国茶道会と皇国茶道連盟ですが、マァ、戦時体制に協力することになる ・・・ ってのは私の個人的感想でして、アノ、悪く言ったり非難する気持ちじゃないんですヨ、9月29日のブログに、タスキをかけて供出された仏像のことを書きましたけど、仏様だってそう「させられた」時代なんですから。

茶の湯で使うタバコ関連品

ふみ

上の写真は戦時中につくられた陶製のキセルで、文字が明瞭でないんですけど「一億一心」と刻印されてます。

もう少し読みやすく ・・・ と思いまして、下の写真ですが、この「一億一心」というのは、昭和15年につくられた大政翼賛会の実践要綱にも「一億一心全能力を挙げて天皇に帰一し奉り」云々と書かれてまして、前回のブログに、戦時中には金属類回収令に基づいて、各家庭にある金属製品が供出させられたことを書きましたけど、茶の湯で、また、茶会で使われる金属製の道具類も含まれてたわけです。

 

アノ、たとえば茶釜、建水、鉄瓶、この鉄瓶というのは、安土桃山時代から「手取釜」と呼ばれていて、丿貫(へちかん)とか善法なんて茶人は手取釜を愛用してたって話がありまして、マア、今日は侘茶が主題ではありませんから手取釜についてはそのくらいにしますが、茶の湯で使うものとしては火鉢、菓子器、薬罐なんかも供出させられてますね。

火鉢は寒い季節に寄付待合に置かれるし、それよりも腰掛待合では暖をとるのに必須でしょう。火鉢は焼物の場合が多いでしょうから金属製のものが供出されても何とかなるかも知れませんが、薬罐となれば茶の湯では金属製の水次薬罐を使うことが多いし、だから、困るかなあと思います。

で、キセルですけど、戦時中は金属が不足してて、雁首と吸口に金属を使うことができない ・ ・ ・ って情況だったんでしょう、「陶器のキセル」が大量につくられたってことですが、寄付待合のタバコ盆にはキセルを置かないからいいんですけど、腰掛待合にはキセルが必要ですし、薄茶の席にもキセルを出しますからね、本来のキセルが無いとすれば、亭主としては「困ったもんだ」と思うでしょう。

でも、現在の茶会では、待合や薄茶の席で実際にタバコをのむ客は絶滅してるんじゃないかと想像するんですが、しかし、「形としては」タバコを出すわけで、その場合困るのは刻みタバコで、茶の湯とは関係なく刻みタバコとしては、私は最後まで販売されてた「ききょう」を購入してましたが、買いに行ってたタバコ売り場は、老齢の女性が店番も兼ねて居室にしていた和座敷の一部、そこにタバコが並べられてまして、とっても雰囲気が好ましく、今思えばレトロ感満点で、ちょっと感涙です ・ ・ ・


上の写真は昔のタバコ販売所ですが、売り場の部分だけ洋風ですね。同じ建築スタイルの販売所が木造建築の一部に取り付けられてる例が多く、「看板建築」と呼ばれるものの一つでしょうけど、「昔の」という点では私が「ききょう」を買ってたタバコ売り場と同じなんですが、両者は全く様相というか、「味わい」が異なります。で、今ではネェ、「ききょう」そのものが製造打ち切りになって久しいってんですから、時代の変化がヒシヒシですけど、エエっと、話が本題から外れるのでおしまいです。なお、その当時は「専売公社」が葉たばこ栽培から刻みタバコ、巻きタバコ、パイプタバコ、葉巻の製造、そして販売までの全部を独占し、管理してましたから、公社が指定した小売人でなければタバコ販売ができない仕組みでした。写真の右上に「たばこ販売店」の標示が見えます。

 

では、このブログの本題に近いことを言えば、茶の湯は仏道と深く関わってまして、釈尊の言葉として初期仏典には、「ひとりで歩む」ってことの大切さが書かれてると思うんです。で、それとは正反対のことってどういうことかって言えば、付和雷同とか随順するってなことで、マア、翼賛なんてのも同じようなことでしょうねェ。そして、その逆にですね、「ひとりで歩め」って言葉は、自分自身を主体的に生きることの大切さを言ってるんだと思うんですけど、将来はそういうことも書いていきたいと思うことです。

そして茶の湯もまた、「主体性」が無ければ成立しないものであります。

 

最後に蛇足ですが、前回のブログに、供出される阿弥陀様がタスキを「かけさせられてる」って書きました。まさに「かけさせられてる」んでして、昭和20年に入ると、大政翼賛会を切り替えて国民義勇隊が組織され、「本土決戦」のために国民が総動員されるようになるわけですが、アミダ様が戦争を支援するとか「撃ちてし止まむ」って気持ちになるとか、そんなことありえないンですけどネ。

戦時の精神状態と真逆が茶の湯

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上の写真は「西部戦線異状なし」のワンシーンですが、第一次大戦でのドイツ軍を描く「アメリカ映画」なんですよね。字幕に「おれたちの使命は 殺すことだ」とありますけど、戦争ってそういうものでしょう、茶の湯の世界とは、まさに正反対ですネ。

 

どこの国だって戦争となれば敵国人を殺戮するわけで、日本だって昭和18年頃から「撃ちてし止まむ」なんて、古事記にでてくる言葉が喧伝されまして、当時、政府の情報局が「撃ちてし止まむ」に関して、「週報」という刊行物で次のように説明しています。

「大東亜戦争を戦ひ抜く一億の決意を示す言葉として『撃ちてし止まむ』の合言葉が用ひられてゐますが、『撃ちてし止まむ』とは結局『撃たずば止まじ』すなはち殲滅しなければ止まないといふ意味です。

 

また、次のようにも言ってます。

「たゞ敵米英の撃滅あるのみであります。皇民すべからく灼熱の火となつて米英を倒すまで戦つて戦つて戦ひ抜くべきであります。

『撃ちてし止まむ』の精神は、単に前線だけではなく銃後の生産戦に、総力戦に、一億国民の悉くに、今こそ『撃ちてし止まむ』の烈々たる気魄が要請されるのであります。」

 

つまり、兵隊だけでなく国民全員がですね、米英を撃滅する。さらに「殲滅」って言葉も使われてますからね、殲滅って言葉の意味は皆殺しにするってことですから、恐ろしいと思います。

マア、米軍による東京大空襲とか原爆投下もですね、「地域が限定されてる」けど、その地域に住む住民の「殲滅」と言えるかナァ・・・って感じることです。

 

アノ、東京大空襲と原爆についてはそのうち続きを書きたいですが、今日のところはですね、茶の湯にとってはひどい時代で、大切な茶道具は戦火を避けるために疎開されたって話を聞きますが、茶道具を守る事さえたいへんな時代だったようですね。戦時中には金属類回収令というのに基づいて、各家庭にある金属製品が鍋、釜、洗面器、子どものおもちゃ類、私がエッ!と思うのは仏壇にある金属製の仏具まで、極めつけは寺にあった金属の仏像まで「供出」、つまり、差し出したって例がいくつもありまして、以下に、その供出された仏像の写真を掲載しますが。アノ、梵鐘の供出なんてのは、全国の寺で「あたりまえ」だったわけで・・・

一つ付け加えますが、入営したり出征する時は、タスキをかけて故郷から送り出されるってことがありましたけど、写真の仏像もタスキを「かけさせられてる」ってとこに目がとまりました。

またまた余談、蛇足ですが、水屋で道具類を洗ったり片付けたり、また、懐石準備の時などタスキをしますけど、そういう場合のタスキと写真の阿弥陀様のタスキではタイプが異なりまして、水屋でのタスキ掛けは料理の時はもちろん、いろんな作業の時に一般的に行われるタスキ掛けで、前から見れば両袖のところに見えて、背中を見ると綾襷になってますけど、阿弥陀像に掛けられたタスキは斜めにかかってまして、マア、選挙の時に候補者が掛けるタスキとか、駅伝のタスキと同じタイプですね。

 

で、次回ですが、戦時中は茶の湯に必要な道具類も、「金属が使われてる」って理由で供出させられたことをちょっと。

茶席で客の数が多い場合

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上の写真はTVドラマで、歴史上の人物が登場してるんですけど、「戦いが楽しゅうてしかたござらぬ。」と字幕にあります。でも、他人の気持ちって、推測はいろいろできたとしても、実際のところは「分からない」と思いますが、マア、フィクションですから、いろんな想像ができるわけで ・・・

 

さて、前々回に続いて天正15年正月3日、大坂城での大茶会なんですが、秀吉がどういう意図で開催したかわかりませんけど、私が勝手な想像を膨らませますと、「唐入り」に向けてですね、将来前進基地となる九州で島津家の勢力を叩き潰しておく必要があって、戦闘指揮官の大名たちを招いて気勢を上げ、また、「秀吉の配下として結束させよう」ってことだったのかなあ? ・・・ と。

 

ところで、秀吉の唐入り計画は、関白になった天正13年には明確にあったと、資料から読み解く人もいるようですが、私もですね、明国遠征、そして勝利したいって野望については、当然その頃、夢想してただろうと想像します。

マア、秀吉の唐入り計画については次回にまた書きますが、茶会に集まった九州征伐の指揮官(大名)の数が多いので、「各服点て」ではさばききれないってことでしょうね。

で、神屋宗湛の記録を一部抜粋しますと、「関白様御立ナガラ被成御諚ニハ、多人数ナルホトニ、一服ヲ三人ツツニテノメヤ、サラバクジ取テ次第ヲ定ヨト被仰出候ヘハ」云々とあります。

つまり、客が多人数だから、茶碗の一服を3人で飲むように。それで、くじ引きをして、各組の3人を誰誰の組み合わせにするか決めなさい・・・ って、マア、そういうことでしょう。

 

ところがところがデスネ、博多商人の神屋宗湛に対しては、扱いが全く違ってたんです。そのことについては、また後日に書きます。

映画「そよかぜ」、そして茶の湯

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上の写真は映画「そよかぜ」のワンシーンで、ロケ地は(現在の地名で)横手市増田町亀田です。リンゴ畑の道をスキップしてるのがヒロインで、演じるのが並木路子、リンゴを収穫している数人の娘は地元のエキストラだそうです。ヒロインの生まれはリンゴ農家という設定なんです。

この映画、一応、ストーリーみたいのはあるんですけど、音楽を楽しむのが中心の映画で、冒頭は「リンゴの唄」の歌唱シーンです。ここで歌ってるのは、波多美喜子が演じる歌手の桜山幸子かなあ?・・・って感じですけど、私の勘違いでしょうか?

で、下の写真はその映画の冒頭、「リンゴの唄」が歌われるシーンです

  

さて、ヒロインは演芸場の照明係をしてるんですけど、歌が上手だってことで、やがて歌手に抜擢されるっていう筋立てでして、最後に彼女は歌手デビューを果たすことになるんです。

それで、映画の終幕では新曲「そよかぜ」を桜山幸子役の波多美喜子が歌い、続けて霧島昇が歌います。

そして迎えるラストシーン、並木路子が「リンゴの唄」を歌い、霧島昇や他の出演者も加わってみんなで歌い、華々しく終わるんですけど、私の感想は晴れやかですばらしいシーンだってことで、今思い出してみても、すごくいいです。なお、「そよかぜ」も好きな歌ですし、歌詞もいいです。発売されたレコードでは、「そよかぜ」も霧島昇と並木路子が唄ってます。

 

さて、今日は9月2日ですが、昭和20年9月2日にですね、日本は降伏文書に調印しまして、これで「終戦」が国際的に確定したんですが、降伏文書に次のような言葉が記されてますので抜き書きします。

「日本帝國大本營竝ニ何レノ位置ニ在ルヲ問ハズ一切ノ日本國軍隊及日本國ノ支配下ニ在ル一切ノ軍隊ノ聯合國ニ對スル無條件降伏ヲ布告ス」

 

で、それから1か月ちょっとしか経たない10月11日に、映画「そよかぜ」が公開されたと言いますから、マア、なんでしょう、いわゆる玉音放送受信可能な範囲では8月15日まで、国外の戦地で情報が伝わらない地域ではその後もですね、「一億玉砕」なんて心理状態の人々がいたわけで、また「一億総特攻」って心境もあって、アノ、「一億」ってのは国民全部ってことで、当時は朝鮮、台湾なんかも日本ですから、本土だけの人口を言ってるわけじゃありませんね。

 

とにかく、平和な今の人々の心境からはとても想像できない、マァ、令和の現在から見れば、昭和20年の終戦まで「異常な」心境で戦争を継続してたってことだと思いますが、昭和12年から国民精神総動員とか言って、国民全部の心情を特定方向に向けようって政策が推進されましたから、人々はしだいに、国家が意図する方向に「行かされちゃった」んじゃないでしょうかね?

 

それで、それでです、終戦によって世の中が一変、イヤ、急変、激変、それでも表現が不足なら、爆変とでも言いましょうか、仏道で言ったら頓悟か。

 

アノ、終戦で本来の心境に戻った人がいたのと同様、映画「そよかぜ」で描かれる世界は、一億玉砕、一億総特攻などという異常な思い込みと対比して、まさに通常の心情世界だと思います。

それで、茶の湯ですけど、「人を尊重」し「融和する」世界なんです。

それは、終戦までの鬼畜米英みたいな思い込みとは全く逆方向でして、アノ、鬼畜米英も、ナチスドイツのホロコーストも、さらに言えば十字軍だって、「人を尊重」し「融和する」心境とは正反対ですよね。

「人を尊重」するってことは、自分の「仲間なら」許し、「仲間以外は」排斥するってことじゃないわけでして、でもそういう心理を追求するとキリがないので話を打ち切ります。

 

今日書きたかったことは、茶の湯って、戦争みたいに人々が対立抗争するのとは全くかけ離れた異世界というか、闘争とは正反対の世界だってことなんです。