茶の湯で使うタバコ関連品

ふみ

上の写真は戦時中につくられた陶製のキセルで、文字が明瞭でないんですけど「一億一心」と刻印されてます。

もう少し読みやすく ・・・ と思いまして、下の写真ですが、この「一億一心」というのは、昭和15年につくられた大政翼賛会の実践要綱にも「一億一心全能力を挙げて天皇に帰一し奉り」云々と書かれてまして、前回のブログに、戦時中には金属類回収令に基づいて、各家庭にある金属製品が供出させられたことを書きましたけど、茶の湯で、また、茶会で使われる金属製の道具類も含まれてたわけです。

 

アノ、たとえば茶釜、建水、鉄瓶、この鉄瓶というのは、安土桃山時代から「手取釜」と呼ばれていて、丿貫(へちかん)とか善法なんて茶人は手取釜を愛用してたって話がありまして、マア、今日は侘茶が主題ではありませんから手取釜についてはそのくらいにしますが、茶の湯で使うものとしては火鉢、菓子器、薬罐なんかも供出させられてますね。

火鉢は寒い季節に寄付待合に置かれるし、それよりも腰掛待合では暖をとるのに必須でしょう。火鉢は焼物の場合が多いでしょうから金属製のものが供出されても何とかなるかも知れませんが、薬罐となれば茶の湯では金属製の水次薬罐を使うことが多いし、だから、困るかなあと思います。

で、キセルですけど、戦時中は金属が不足してて、雁首と吸口に金属を使うことができない ・ ・ ・ って情況だったんでしょう、「陶器のキセル」が大量につくられたってことですが、寄付待合のタバコ盆にはキセルを置かないからいいんですけど、腰掛待合にはキセルが必要ですし、薄茶の席にもキセルを出しますからね、本来のキセルが無いとすれば、亭主としては「困ったもんだ」と思うでしょう。

でも、現在の茶会では、待合や薄茶の席で実際にタバコをのむ客は絶滅してるんじゃないかと想像するんですが、しかし、「形としては」タバコを出すわけで、その場合困るのは刻みタバコで、茶の湯とは関係なく刻みタバコとしては、私は最後まで販売されてた「ききょう」を購入してましたが、買いに行ってたタバコ売り場は、老齢の女性が店番も兼ねて居室にしていた和座敷の一部、そこにタバコが並べられてまして、とっても雰囲気が好ましく、今思えばレトロ感満点で、ちょっと感涙です ・ ・ ・


上の写真は昔のタバコ販売所ですが、売り場の部分だけ洋風ですね。同じ建築スタイルの販売所が木造建築の一部に取り付けられてる例が多く、「看板建築」と呼ばれるものの一つでしょうけど、「昔の」という点では私が「ききょう」を買ってたタバコ売り場と同じなんですが、両者は全く様相というか、「味わい」が異なります。で、今ではネェ、「ききょう」そのものが製造打ち切りになって久しいってんですから、時代の変化がヒシヒシですけど、エエっと、話が本題から外れるのでおしまいです。なお、その当時は「専売公社」が葉たばこ栽培から刻みタバコ、巻きタバコ、パイプタバコ、葉巻の製造、そして販売までの全部を独占し、管理してましたから、公社が指定した小売人でなければタバコ販売ができない仕組みでした。写真の右上に「たばこ販売店」の標示が見えます。

 

では、このブログの本題に近いことを言えば、茶の湯は仏道と深く関わってまして、釈尊の言葉として初期仏典には、「ひとりで歩む」ってことの大切さが書かれてると思うんです。で、それとは正反対のことってどういうことかって言えば、付和雷同とか随順するってなことで、マア、翼賛なんてのも同じようなことでしょうねェ。そして、その逆にですね、「ひとりで歩め」って言葉は、自分自身を主体的に生きることの大切さを言ってるんだと思うんですけど、将来はそういうことも書いていきたいと思うことです。

そして茶の湯もまた、「主体性」が無ければ成立しないものであります。

 

最後に蛇足ですが、前回のブログに、供出される阿弥陀様がタスキを「かけさせられてる」って書きました。まさに「かけさせられてる」んでして、昭和20年に入ると、大政翼賛会を切り替えて国民義勇隊が組織され、「本土決戦」のために国民が総動員されるようになるわけですが、アミダ様が戦争を支援するとか「撃ちてし止まむ」って気持ちになるとか、そんなことありえないンですけどネ。

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