映画「そよかぜ」、そして茶の湯

ふみ

上の写真は映画「そよかぜ」のワンシーンで、ロケ地は(現在の地名で)横手市増田町亀田です。リンゴ畑の道をスキップしてるのがヒロインで、演じるのが並木路子、リンゴを収穫している数人の娘は地元のエキストラだそうです。ヒロインの生まれはリンゴ農家という設定なんです。

この映画、一応、ストーリーみたいのはあるんですけど、音楽を楽しむのが中心の映画で、冒頭は「リンゴの唄」の歌唱シーンです。ここで歌ってるのは、波多美喜子が演じる歌手の桜山幸子かなあ?・・・って感じですけど、私の勘違いでしょうか?

で、下の写真はその映画の冒頭、「リンゴの唄」が歌われるシーンです

  

さて、ヒロインは演芸場の照明係をしてるんですけど、歌が上手だってことで、やがて歌手に抜擢されるっていう筋立てでして、最後に彼女は歌手デビューを果たすことになるんです。

それで、映画の終幕では新曲「そよかぜ」を桜山幸子役の波多美喜子が歌い、続けて霧島昇が歌います。

そして迎えるラストシーン、並木路子が「リンゴの唄」を歌い、霧島昇や他の出演者も加わってみんなで歌い、華々しく終わるんですけど、私の感想は晴れやかですばらしいシーンだってことで、今思い出してみても、すごくいいです。なお、「そよかぜ」も好きな歌ですし、歌詞もいいです。発売されたレコードでは、「そよかぜ」も霧島昇と並木路子が唄ってます。

 

さて、今日は9月2日ですが、昭和20年9月2日にですね、日本は降伏文書に調印しまして、これで「終戦」が国際的に確定したんですが、降伏文書に次のような言葉が記されてますので抜き書きします。

「日本帝國大本營竝ニ何レノ位置ニ在ルヲ問ハズ一切ノ日本國軍隊及日本國ノ支配下ニ在ル一切ノ軍隊ノ聯合國ニ對スル無條件降伏ヲ布告ス」

 

で、それから1か月ちょっとしか経たない10月11日に、映画「そよかぜ」が公開されたと言いますから、マア、なんでしょう、いわゆる玉音放送受信可能な範囲では8月15日まで、国外の戦地で情報が伝わらない地域ではその後もですね、「一億玉砕」なんて心理状態の人々がいたわけで、また「一億総特攻」って心境もあって、アノ、「一億」ってのは国民全部ってことで、当時は朝鮮、台湾なんかも日本ですから、本土だけの人口を言ってるわけじゃありませんね。

 

とにかく、平和な今の人々の心境からはとても想像できない、マァ、令和の現在から見れば、昭和20年の終戦まで「異常な」心境で戦争を継続してたってことだと思いますが、昭和12年から国民精神総動員とか言って、国民全部の心情を特定方向に向けようって政策が推進されましたから、人々はしだいに、国家が意図する方向に「行かされちゃった」んじゃないでしょうかね?

 

それで、それでです、終戦によって世の中が一変、イヤ、急変、激変、それでも表現が不足なら、爆変とでも言いましょうか、仏道で言ったら頓悟か。

 

アノ、終戦で本来の心境に戻った人がいたのと同様、映画「そよかぜ」で描かれる世界は、一億玉砕、一億総特攻などという異常な思い込みと対比して、まさに通常の心情世界だと思います。

それで、茶の湯ですけど、「人を尊重」し「融和する」世界なんです。

それは、終戦までの鬼畜米英みたいな思い込みとは全く逆方向でして、アノ、鬼畜米英も、ナチスドイツのホロコーストも、さらに言えば十字軍だって、「人を尊重」し「融和する」心境とは正反対ですよね。

「人を尊重」するってことは、自分の「仲間なら」許し、「仲間以外は」排斥するってことじゃないわけでして、でもそういう心理を追求するとキリがないので話を打ち切ります。

 

今日書きたかったことは、茶の湯って、戦争みたいに人々が対立抗争するのとは全くかけ離れた異世界というか、闘争とは正反対の世界だってことなんです。

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