茶席で客の数が多い場合

ふみ

 

上の写真はTVドラマで、歴史上の人物が登場してるんですけど、「戦いが楽しゅうてしかたござらぬ。」と字幕にあります。でも、他人の気持ちって、推測はいろいろできたとしても、実際のところは「分からない」と思いますが、マア、フィクションですから、いろんな想像ができるわけで ・・・

 

さて、前々回に続いて天正15年正月3日、大坂城での大茶会なんですが、秀吉がどういう意図で開催したかわかりませんけど、私が勝手な想像を膨らませますと、「唐入り」に向けてですね、将来前進基地となる九州で島津家の勢力を叩き潰しておく必要があって、戦闘指揮官の大名たちを招いて気勢を上げ、また、「秀吉の配下として結束させよう」ってことだったのかなあ? ・・・ と。

 

ところで、秀吉の唐入り計画は、関白になった天正13年には明確にあったと、資料から読み解く人もいるようですが、私もですね、明国遠征、そして勝利したいって野望については、当然その頃、夢想してただろうと想像します。

マア、秀吉の唐入り計画については次回にまた書きますが、茶会に集まった九州征伐の指揮官(大名)の数が多いので、「各服点て」ではさばききれないってことでしょうね。

で、神屋宗湛の記録を一部抜粋しますと、「関白様御立ナガラ被成御諚ニハ、多人数ナルホトニ、一服ヲ三人ツツニテノメヤ、サラバクジ取テ次第ヲ定ヨト被仰出候ヘハ」云々とあります。

つまり、客が多人数だから、茶碗の一服を3人で飲むように。それで、くじ引きをして、各組の3人を誰誰の組み合わせにするか決めなさい・・・ って、マア、そういうことでしょう。

 

ところがところがデスネ、博多商人の神屋宗湛に対しては、扱いが全く違ってたんです。そのことについては、また後日に書きます。

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