
上の写真は中国歴史ドラマのワンシーンで、左側が清国第三代(数え方によっては第五代)の雍正帝、右側は宮女ですが、衣装が常と違ってるのは、葬儀の服装だからです。
で、雍正帝が自分の箸で宮女に料理を取ってやる場面なんですけど、フィクションだからそんなシーンができるんであって、皇帝が誰かに料理を取ってあげるなんて、現実にはありえない話ですネ。
次に下の写真ですが、中国現代ドラマのワンシーンで、右側の男性が、自分の箸で女性に料理を取ってあげる場面でして、これはもう、日常的に見られる光景でしょう。

三ッつ目の写真は中国ドラマ「テレサ・テン」のワンシーン、左端に写ってる子ども時代の鄧麗君が、友達だった「小苗」の母親に、自分の箸で料理を取ってあげるんですけど、小苗は台風時の洪水で溺れ、亡くなっちゃったんです。だから「小苗の好物だよ 食べてあげて」ってセリフでして、私は涙しちゃいます。

それで、言葉を使って無理に表現するなら、大好きな気持ちだとか、親密に思ってる、喜んでもらいたい、楽しんで欲しい、慰めてあげたい、力になりたい、マアその他、どんなふうに表現したらいいかわかりませんが、結局のところ、相手に対する好感、好意がMaxってことだろうし、そんな時は、例えばおいしいのを食べて欲しいって気持ちにもなるだろうし、そういう気持ちを「態度で表現する」ってこともあるだろうし・・・って思いますね。
同じように、茶の湯で食事を差し上げる、菓子を差し上げる、お茶を差し上げる・・・なんて、みんなみんな、相手の人に対する好意の表現かなあと、私は思うんです。
それで、相手の人に対する好意を大っぴらに、堂々と「表現できる」のが茶の湯なんだって、私は茶の湯をそういう面から見ています。
アァ、言い換えれば、好意や敬愛を表現する手法として茶の湯があるって、心からそう思うことです。




