天目茶碗では茶の熱さが

上の写真は中国歴史ドラマのワンシーンですが、画面右寄りで茶を点ててるのが、宋(北宋)の皇太后です。場所は宮殿の前庭で、左端に立ってるのは侍女です。
皇太后が左手で支えてるのは茶碗で、形は日本で天目茶碗と呼ばれてるのと同じようです。茶碗は台に乗せられてまして、その台は、日本で天目台と呼ばれてるものと同じように見えますが、茶道具類に隠れていて、この写真では見えてません。
余談ですが、宋代(南宋)以降、今の地名で言えば浙江省杭州市にある天目山には多くの寺院があり、たくさんの日本僧が禅を修行してました。で、天目山で僧が茶を飲む時の茶道具だった茶碗と台を、日本僧が帰国の時に持ち帰りまして、そのタイプの碗と台が「天目茶碗」、「天目台」と、日本では呼ばれるようになったわけですね。
余談を重ねますが、それより以前に栄西禅師は2度宋(南宋)に渡り、同じ浙江省ではありますが天台山や天童山で修業してまして、道元禅師もまた、天童山などで修業してます。
話を戻しますが、皇太后が右手で持ってるのが「茶をかき混ぜる竹製の道具」で、下にそのパソコン画面を示します。竺副師という道具だろうと思いますが、現在の茶筅とは形も大きさも異なります。ずいぶん大きいです。
なお、茶碗も大型のものでして、茶を点てた後ですね、皇太后は点てた茶を「小さな茶碗」に小分けして客に振舞ってます。

さて現代においては、天目茶碗で茶を点てたり、頂戴する稽古の場合、もちろん日本で作られた写しを使うわけで、私は天目茶碗を美術館等で見たことはあっても触ったことが無いですけど、熱を伝えやすいという点では楽茶碗なんかと大違いで、湯を入れたらたちまち熱くなってしまいますし、濃茶を練り終えても熱いンですから、亭主も客も、天目台に載せて扱うことになるのは成り行きだと思います。
さて、前回のブログで、映画のワンシーン、豊臣秀長が天目台に載せた天目茶碗で茶を飲む場面を紹介しましたが、秀長は直垂姿の正装です。
イヤア、それでですネ、正装して唐物の天目茶碗、天目台でお茶をいただくなんて、マァ、何とすばらしい晴れの舞台か・・・って思われるかもしれませんが、アノ、映画のこのシーンは、秀長が別室に退いて臥せってた場面でして、どんなにきらびやかな正装、どんなに価値あるすばらしい茶道具で茶を飲んでも、秀長は体調悪く、また、兄秀吉に対する深い憂慮で、彼は心身ともに深刻な憂慮すべき情況に陥ってる場面ですからネ、マァ、この文は映画「利休」の感想文じゃありませんで、私が言いたかったのは、どんなにすばらしい衣裳に身を包み、最高の道具で茶をいただいても、「だから最高」で心が大満足とは言えない場合があるってことでして、もっと言えばデスネ、「侘茶」というものが現れてくる、それは、最高のシチュエーションを設定すれば最高の茶の湯になるのか? ・・・という疑問、いや、疑問と言うより「問い」とでも言ったらいいでしょうか、要するに、唐物道具で折り目正しくお茶を点てて差し上げる、それが最上のことなのか? って疑問、そういうのが侘茶を生み出す理由になったのかなァなんて、話はひどく脱線しましたが、天目茶碗で出されたお茶は「熱い」ので、アアもちろん、熱いうちにお茶を出すのは当然ですけど、お客にとっては「熱い茶碗」じゃ困るわけで、続きは次回に。