茶の湯は極楽という極論

上の写真は善光寺を紹介するテレビ番組のワンシーンで、六地蔵が写ってます。いやァ、善光寺ってすごいナァってのが私の感想で、歴史が古いこともそうですが、極楽浄土への入り口が善光寺、そしてもう一か所はこれも歴史が古い四天王寺、四天王寺の西の門が極楽の東門になってるってな話、今日の話題と関係ないので省略しますが、一応、善光寺紹介のテレビに映った字幕だけ紹介しますと、下の写真です。

で、地蔵様ですけど、漢字で実叉難陀と書いても ? ? でしょうからカタカナ表記すればシクシャーナンダ、そういう名前の僧がいまして、日本で言えば飛鳥時代、ホータン(中国では于闐と呼んだ)の人で、唐に招かれ、80巻本の華厳経漢訳は偉業だと驚嘆しますが、「地藏菩薩本願経」というのも漢訳しています。
その地藏菩薩本願経の初めのほうに、お地蔵様が若かった頃、どんな願いを持ったかが書いてありまして、尊敬するある一人の仏様からこんなふうに言われたことを実行したって言うんです。
言われた言葉は ・・・ 「當須久遠度脱一切受苦衆生」、そうですねェ、おおよその意味は「すべての人々が苦しみを受けることのないようにしてあげなさい」ってことで、その行為を「必ず永遠にわたって」実行しなさいっテナことでしょうか。
マアそしたら、お地蔵様はその言葉を真に受けちゃいまして、「我今盡未來際不可計劫 爲是罪苦六道衆生廣設方便盡令解脱 而我自身方成佛道」って、つまり、私は未来において数え切れない長い間、罪と苦しみから人々を助けることを実践し、そのようにして仏の道を成就しよう」ってな感じかなあ? ・・・ マアそういう志、偉大過ぎてまぶしくて、直に太陽を見ることができないように、目がつぶれちゃいますから私には見ることもできず、マネすることもできません。
さて地蔵様が六人、江戸時代から善光寺に並んでたんですが、下の写真を見て下さい、「台座」だけになってまして、このブログに2度書いてきた金属類回収令により、供出されてしまったんです。9月29日のブログには、供出される阿弥陀様の写真を掲載しましたが、今日のブログ、冒頭に掲載した六地蔵は、戦後につくり直されたものナンです。

マア何ですヨ、戦争はもちろん日常的にだって、人は残虐、悪魔、地獄の行為を「普通に」行いますからネ、また同じように、極楽世界の行為、人を尊び慈しみ、敬愛する行為も「普通に」行うものなんです ・・・ って、私は思いますというより、確信してまして、アノ、茶の湯なんてのは、敬愛そのものの行為ですからね、だから茶の湯の場には、極楽世界が現成してるって、ホント、私は感覚的にそう感じてまして、それで今日の標題に「茶の湯は極楽」って言葉を用いました。