茶の湯 ー 懐石のご飯と椀

ふみ

上の写真はパソコン画面に写ってる托鉢の様子で、撮影者の後藤修身氏には無断で掲載させてもらい、ゴメンナサイです。場所はヤンゴンと書いてありますから、ミャンマーの旧首都です。

一番左に写ってる女性は、僧に布施する「ご飯」を持っています。写真中央の女性は、僧が持つ鉢に、ご飯を入れているところです。

 

で、ご飯というのは、私の考えですけど、懐石でさしあげる食べ物のうち、一番重要だと思うんです。

そして米は、神様にお供えをする時もですね、神様に最も近いところに置くわけでして、次に神様に近いところには御神酒・・・マアでも、お供えする配置は人それぞれかもネ。

そんなわけで、日本は古来、米、あるいはご飯を大切にしてきましたこと、神宮などに参りますと、ヒシヒシとそのことが感じられます。

そしてまた、懐石ではお酒を差し上げますからネ、神様にご飯と御神酒をお供えするイメージと重なるんです、私の場合は。

で、余談を書かせてください、写真を見て、僧が持つ団扇が、庶民のと違って立派だなあと感じました。マア、僧侶用の団扇と思いますけど。

 

ところで、托鉢に使う鉢は、僧にとっては衣と共に、ものすごく大切な持ち物で、懐石の椀というのは、そのルーツをたどれば、鉢に行きつくかナァ・・・と想像します。

さて、下記Webページには東京国立博物館が所蔵する重要文化財、鍍金された奈良時代の鉢が写真付きで紹介されてまして、解説の一部を引用しますと「鉢は三衣一鉢といって僧侶の持つべき必要最小限の持ち物で、主に食器として用いた。鉢の名称は梵語のパータラ(鉢多羅)からきており、形、色、量ともに定法にかなうという意味で応量器と漢訳される。僧の持つ鉢は陶もしくは鉄で作ると定められており、こうした鍍金をしたものは、仏前に米飯などの供物を盛る供養具として使用された」と書いてあります。


その托鉢用の鉢が、最初、釈尊の時代は「一鉢」、しかも鉄など金属製だったといいますが、時代が下り、各地に仏道が伝播していく過程で陶器の鉢も作られるし、日本なんかは漆器が得意ですからネ、漆塗りのがつくられるし、一鉢だけじゃなく、今では五つ、あるいは六つ組みと数も増えるし、マア、変化してきたのかもしれませんが、その変遷について調べたわけじゃありませんから、詳しくはわかりません。

でも、懐石の椀類は、そのルーツが仏道修行の鉢にあるんだろうとは推測する私です。

×

非ログインユーザーとして返信する