鬼滅の刃 - 欲しくてやまない言葉

茶の湯って、「いっしょに居る」こと自体が楽しいので、「いっしょに居る時間を引き延ばそう」と思っちゃうんですよね。
それで、炭を継ぐってことも、茶会を「長引かせる」ためにはよい手段だという感想で、だから、初炭、後炭と2回継いだり、それでも足りなくて立炭を行うこともあるとか、私は立炭については文章で読んだことしかありませんが、いつまでもいっしょに過ごしたいって気持ちはわかりますね。
さて、茶の湯釜に湯が沸きますと音がすることがあって、沸き加減最高の時の音は「松風」と言われますけど、茶釜でなくても、たとえば鉄瓶でも「松風」が聞こえることがあって、小説「雪国」から、その場面を引用します。
『宿の主人が特に出してくれた京出来の古い鉄瓶で、やわらかい松風の音がしていた。銀の花鳥が器用にちりばめてあった。松風の音は二つ重なって、近くのと遠くのとに聞きわけられたが、その遠くの松風のまた少し向うに小さい鈴がかすかに鳴りつづけているようだった。島村は鉄瓶に耳を寄せてその鈴の音を聞いた。鈴の鳴りしきるあたりの遠くに鈴の音ほど小刻みに歩いて来る駒子の小さい足が、ふと島村に見えた。島村は驚いて、最早ここを去らねばならぬと心立った。』
アノ、駒子は島村との距離を縮めてきたわけですが、そうなると島村には「耐えられなくなった」のだろうと想像します。
なぜなら彼は、昨日のブログに書いたように、人に対して「心を開くことができない人間」なので、彼に対して心を開いてくる駒子に「対応できなくなった」のだろうという推測です。
さて、昨日のブログに次のように書きました。
『それでも島村は、駒子に「引き寄せられてる」と思いますし、じゃあ、「何に」引き寄せられてるんでしょうか?』
その答えは、人の心の優しさ、温かさに関連するものだというふうに、今日のところは一応、言っておきたいです。
今日掲載した写真は「鬼滅の刃」のワンシーンで、字幕には『そのとき 人が欲しくてやまない言葉を』とあります。蛇足ですがそのシーン、映像としては舞踊「藤娘」の舞台を連想させますネ。
想像しますに、主人公島村は生まれて以来、「欲しくてやまない言葉」をかけてもらえた経験がない人だった・・・というのが私の推測ですけど、今日はマア、この程度で終わっておきます。