各服点と吸い茶

上の写真は、NHKテレビ茶の湯番組のテキストから、隣席の人に茶碗を送るシーンと解説の一部を撮影したものです。現代の茶の湯では、濃茶の場合、一つの碗に数人分の茶を練り、その一碗を数人の客に順送りする・・・ってことが行われることも多いかなあと思います。
さて、7月11日のこのブログで、春屋宗園、古渓宗陳、玉甫紹琮の3人が客になった茶会のことを紹介しました。3人を招いたのは利休です。
さて利休は、「正客には茶を茶杓に三すくい、湯を少なくして点て、つぎに茶を五すくい入れて吸い茶にした」と、茶会記に記されているそうで、アノ、私が深く感じるのは、正客は特別扱いだし、吸い茶にもしてないってことです。つまり、正客だけは「各服点」なんですよね。
アノ、私の場合はですね、濃茶を練る場合、自分が習ったとおり、一人あたり茶杓三杓の分量ですから、上記の記述と同じと思います。
で、次客と末客の二人に対してですけど、「五すくい入れて吸い茶にした」と書いてあるようですから、そうしますと、一人分は二杓半という計算になり、正客よりも抹茶の量が少ないんじゃないか? ・・・って、エエっと、そういう単純計算では正しい認識が得られないと思う私でして、事実、実際にはそうならないと思います。
ソレ、どういうことかと言いましたら、茶杓で三杓すくい、湯を少なくして茶を練りますとネ、茶を飲もうとしましても、ドロドロ状の濃茶が大量に茶碗にへばりついてまして、とても全部を飲みきれるものではありません。だいたい、茶碗が逆さになるくらい傾けたとしても、濃茶が「垂れてきません」からね。
そして、その「飲みきれなかった」お茶の分量だって、茶杓一杓分くらいはあろうと思います。マア、だからデスネ、茶碗の内側についてる濃茶を指で拭いとり、その指をなめる喫し方をした人も、昔はいたということで、気の置けない茶席だったら、私もそうしたいですね、 ・・・忘れちゃったけど、私も実際、そうしたことがあったかも?
余談ですが、稽古で濃茶を練った場合、最後の人が喫し終えても、茶碗にたっぷりお茶がくっついてますからネ、その碗に湯を注ぎ、茶筅を使って薄茶にし、飲んじゃうってことをすることがありますね、私など。
つまり、濃茶を「一人分だけ」練るということは、「飲みきれない分が発生する」ってことになりまして、だから、「一人分だけ」練る時は三杓の分量とし、「二人分」練る時は二杓半の分量としても、実際に客が喫する濃茶の分量は「同じ」ではないかと想像しますが、マア、実験した上でこの文を書いてるわけではありませんので、私の感想です。
それで、今日はここまでとしまして、次回に続きを書きたいと思います。