茶の湯 ー 給仕の大切さ

ふみ

 

上記の写真はテレビ画面を撮影したもので、お節料理、三つ肴のうち、ごまめです。テレビで店名は紹介されてませんけど、調理は「光仙」だと思います。「ごまめ」でなく、「田作り」の名称になってるのは、関東で制作、撮影された番組だからでしょうか。

 

ごまめの料理法と言えば佃煮と思いますが、昔(江戸時代)にはごまめのなますなんてのもあったようで、なにしろごまめの用途は稲作の肥料ですから、それを食用にするわけで、煮干しなら煮た後に干すという手間をかけてますからね、出汁をとるのに使われたり、そのまま食べることもできますけど、生のまま天日干しにしたごまめは「苦み」が強く、臭みもあるってことで、濃い味付けにすればおいしく食べられますけど、ごまめと野菜でつくる「ごまめなます」を食べるのは、経済的に困窮してる人というイメージもあったんじゃないかと想像することです。現在も、野菜とごまめのなます料理があるようですけど、私は食べたことがありません。

 

さて、「ごまめ」のことを書いたのは、「長闇堂記」に次のような文があるからです。なお長闇堂記の著者は、織田信長が比叡山を焼き討ちした年に生まれ、将軍徳川家光がポルトガル船の来航を禁止した翌年に亡くなっています。以下の引用は淡交社発行の本からですが、長闇堂記の原文ではなく「現代語訳」だけ掲載されています。「宗易」というのは千利休のことです。

 

『宗易は華美を憎まれたためか、侘びの誡めのための狂歌を詠み、それを広められました。(中略)

振舞(ふるまい)は田作(ごまめ)の汁に海老なます 亭主給仕をすればすむ也』

 

私は今、長闇堂記の原文を見ることができませんが、上記現代語訳で「田作の汁」となっている部分、原文では「こまめの汁」だろうと思いますが、確認できてません。古い時代ほど濁点が付されない例が多いからです。

それで、原文に「こまめの汁」とあるのは「どんな汁なのか?」ということで、いろんな解釈があるだろうと思います。そして、「ごまめ」だとすればですね、汁にする時、ごまめの苦みと臭みをどうしたんだろう? ・・・ って、疑問が消えないんですけどね。

 

次に、「海老なます」というところですが、原文で「ゑひなます」とか「ゑびなます」と書いてあれば「海老」というのが明確ですが、マアとにかく、川、池、湖などの水辺にいて、「川エビ」と呼ばれたりする淡水エビのことだろうと思います。地域によって棲息種が異なるかもしれませんけど、とにかく「自分で獲りに行く」食材で、食材としては粗末なものと思います。そして、自分で捕獲して「なます」にすると想像しますから、塩ゆでにしたのかなあと思います。もちろん味噌汁の具材にもなるんですけど、長闇堂記に「なます」とありますから。

そんなわけで、「こまめ」も「えび」も、ありふれた安価な食材や自分で獲りに行く食材で、「粗末」であることが共通してるというのが私の感想です。

 

それで、大切なのは食材とか料理の豪華さではなく、亭主の心遣いや態度なのだ・・・ということが言いたかったのが、その狂歌だったのではないでしょうか。

 

あの、食材や調理が粗末の極であっても、そんなことは全く問題ではなく、大切なのは亭主自らが工夫して調理し、膳を整えて自ら運び出し、客に給仕するという、まさにその気持ち、行為こそが重要なのだと、そう言いたかったと解釈します。


さて、次のブログには、信長がポルトガルからやってきたフロイスに給仕した話を書きます・・・ってことで、実は、8月24日のブログに「次回は、織田信長がルイス・フロイスに膳を運んだことをちょっと書いてみたいです」と記しました。しかし、それを書くには「前置き」が必要と思いまして、その「前置き」が、今日のブログまで続いてしまいました。それで、予定より一か月以上遅れましたが、次回こそ、信長が給仕した話を書きます。

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