茶の湯 ― 懐石では飯が重要

上記の写真は連続テレビ小説「ばけばけ」の画面を撮影したもので、私が注目したのは「飯椀」の大きさです。「でかい」です。拙宅にある大きいのは直径135mmあります。
その135mmの飯椀を懐石で使うか? ・・・ と言えば、現代の感覚では、しかも客が女性であれば、巨大すぎると感じるだろうと思いますから、マア、ちょっと使えないですね。
余談ですが、「飯椀」は木製で漆塗り、「椀」と「碗」は違いますから、現代の陶磁器製「ご飯茶碗」になじんでますと、違和感さえ感じるほどです。ちなみに私が使ってる家庭用ご飯茶碗(磁器)は直径124mmで、うちには120mmのもの、105mmのなんかもありまして、もう、大きさが段違いです。
またまた余計な話ですが、径の違いって、実は「ものすごい差」でして、例えば和傘の半径尺4(1尺4寸)と尺5(1尺5寸)では、「一寸の違いしかないじゃないか」みたいに理知判断しちゃいますと、ところがどっこい、実は「大差」がありまして、「空想」と「実際」は驚愕的に違うってことでしょうね。数字にたよる想像が全くあてにならない例の一つで、体験してみなければわからない世界が、いっぱいあると思います。
さて、もてなすこと、昔の言葉では「振舞(ふるまい)」ですが、食事では「ご飯が第一」で、平安時代以降江戸時代に入ってからまで、飯の盛り方は「高盛」だったようですね。まあ、高盛飯が写ってる写真も残ってることですから、幕末から明治の頃にも、高盛することは珍しくなかったんでしょうかね。
また、葬儀の時、高盛飯に箸を垂直に突き立てるという風習は残っていて、だから昔は、ご飯に箸を突き立てておいちゃダメだよなんて、子どもが言われてた場面もあったと思います。
マア今では、飯を高盛にするなんて、日常では消滅したかと思いますが、それは、ご飯が足りない場合「お代わり」ができるようになったからで、お代わりの習慣がない時代に十分ご飯を召し上がっていただくには、高盛するとか、大きい椀にするしかなかったかなあと思うわけですが、関連して、茶の湯の懐石では飯が難問だってことなど、次回に書きたいです。
なお、蛇足ですが、戦後になってもですね、嫁には大きな飯碗をあてがってると自慢する家がありましてネ、・・・つまり、「お代わりさせない」ってことですから、今で言うDVだと思います。