茶の湯は幸せな別世界

ふみ

上の写真、TV放送の画面で、前回掲載の写真と関連します。

「幸せになっちゃいけないと思ったのかもしれないですけどね。」って字幕がありますけど、正確に言えば、幸せになっちゃいけないと「思わされた」ってのが真実だろうと思います。

彼女が「幸せになっちゃいけないと思った」のは子ども時代で、父親によってそう思わされたのが、現在でも続いてるからテレビでそういう発言になったと推測されまして、彼女は自分自身の気持ちが自覚できたからよかったですけど、世の中には、「自分自身の姿」に気付くことなく、「破壊された心」そのままで生涯を送る人も多いかなあ ・・・ っていうの、それ、想像にすぎませんけどネ。

 

でもこのブログは、そういう問題を考える方向性ではなく、茶の湯に関して喜ばしい諸相を書いて、茶の湯をさらに楽しみたいって気持ちなわけで、「幸せな気分」を「いっしょに楽しむ」って場が茶の湯だと思うことです。

 

でも、前に書きましたように、戦国時代の武将は厳しいことこの上ない立場に置かれ、凄絶な人生を生きた人ばっかりだったかなあ ・・・ みたいに感じてまして、だからこそですね、茶の湯に熱心でもあったんだろうと私は想像するんですが、それは、茶の湯が温和で心慰められる世界だったからだと、これも勝手な想像ですけどネ。

 

それで、戦国武将なんかは、「敵を撃つ」ってのとは正反対の心境で、「心が許せる」世界、それがまさに茶の湯の世界で、「幸せな別世界」に感じられたのかもしれないナァ ・・・ って、それ、想像ですけどネ。

×

非ログインユーザーとして返信する