茶の湯は「澄んでいる」世界

前回、前前回とも「無限列車編」から画面を掲載しましたが、今回も関連する映像で、澄んでいる世界であることは同じです。
そして茶の湯は、「澄んでいる」世界をいっしょに味わい、楽しもうとするものなんです ・・・ っていうのは「私の」感覚ですけど、あくまでも「私は」そういうふうであることを望みます。
前回のブログでは、鬼滅の刃から「澄みきっていて 心地いい」というセリフのうち、「心地いい」ってことを取り上げましたが、今回は「澄んでる」って感覚についてです。
アノ、心が澄んでる時って、安楽というか、心が穏やかで、平安で、心地良くて、反対から言えば苦悶が無くって、恐怖が無くって、ドロドロ感が無くって、悪臭が無くって、マアとにかく、晩冬の七ツ時(夜明けが近くなる時刻)、梅が春を開くみたいに、清香が高く漂ってくる ・・・ って、どうも表現がうまくいきませんけど、そんな夜明けを迎えるならとってもすばらしいですね。
旧暦では今日はまだ11月12日ですから、来年旧正月の頃は梅が咲いてる場所も多いことでしょう。
突然話題を変えますが、茶の湯は「澄んだ心」で人との交流を楽しむものだっていうの、それ、あくまでも「私の思い」ですけどネ、そういう気持ちで茶の湯がしたいですし、そうすることがうれしいんです。