茶の湯 ― 叱咤激励と反対の世界

ふみ

上は前回に続いて鬼滅の刃「無限列車編」の映像、字幕が「ここは 澄みきっていて 心地いい。」

その「心地いい」って感覚は、とても大切なものだと思います。

 

でも世の中にはネ、相手に心地よい感覚を「持たせないように」心理操作する場合もあって、たとえばですね、「叱咤激励」なんての、それ、一度二度、5回10回行ったからと言って、別にどうということはありません。ちなみに、日露戦役での日本海海戦に関する第一艦隊戦闘詳報を見ますと、「皇國ノ興敗ハ此一戦ニ在リ各員一層奮励努力セヨ」という言葉が墨書してありますけど、ロシア艦隊との海戦に赴く際に、「一層奮励努力セヨ」っていうの、あたりまえすぎます。

 

しかし ・・・ ですよ、固定した人間関係の中で、毎日毎日1年365日、何年も十年も数十年も叱咤激励され、奮励努力を強要され続けるような雰囲気の中で生きていかざるをえないとしたら、どうですか?

相手に対する思いやりが強く、心優しい人ほど、生命エネルギーが尽きてしまう恐れがあると思うんですけど。

また、そういう情況って、「心地良い」の正反対ですよね。

 

そうです、相手を叱咤激励し、奮励努力させるのって、「相手のため」じゃなく、相手に血のにじむ労苦を強いても、それによって「自分が利益を得よう」とする人間が行う魔手という面もあり得るんですネ。

 

もうずいぶん前のことですが、テレビで学習塾の特集番組みたいのを見ました。ある父親が、小学生の息子を学習塾に通わせてまして、息子は放課後、帰宅せずに学習塾に直行です。しかも、息子が通う学習塾は一つじゃありません。毎日毎日複数の学習塾をハシゴして、夕食は家族が持参したものを食べ、帰宅は夜遅くになります。それが、休みなしに毎日毎日なんです。

その父親、息子に対してこれほど良くしてやってるんだみたいに、テレビカメラの前で得意満面に自慢する様子ですけど、その時に息子の顔も映ってまして、その息子、極度の嫌悪、心の激痛に顔をひきつらせ、そぶりを見ただけで健全な心理状態には程遠く、もう、かわいそうで気の毒いっぱいでしたけどね、父親はそんなことにはもう全く気が付きませんで、マア、「気が付いてないから」息子にそんな塾通いをさせて、自分は子どものために惜しまず金と労力を使い、めんどうを見てやってるすばらしい父親なんだと、全国放映されるであろう自分の姿を誉に感じてるように見うけられました。

 

で、「澄みきっていて 心地いい」のうち、今日は「心地いい」ってとこだけに焦点をあてましたけど、茶の湯は「心地良く」行うものでして、だから、叱咤激励とは正反対の世界で稽古もするし、いっしょに茶を喫して「心地良く」楽しむのが茶の湯なんですね。

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