茶の湯を知らなくて問題なし
TVド

TVドラマ「風の吹く場所へ」のワンシーンですが、上の映像、画面左下に白蔓君の横顔がちょっと写ってまして、彼女の左手が胡有魚の頭部に伸びてます。そして白蔓君は、胡有魚に「自分を否定しないと約束して」って語りかけます。
さて、茶の湯を「全く知らなかった」夢野久作が、ある人のお伴をして茶席に入るんですが、こんなふうに書いてます。
「タッタ一時間ばかりの間に一代の恥辱を掻き上げてしまったらしい。
全く「らしい」と思うだけである。
実際は自分でもどうだったかわからないのだから、いよいよ以て冷汗三斗である。」
アノ、茶の湯を「知らない」ということで、夢野久作は結局、感じなくてもいい「恥辱」を、大げさに感じちゃったみたいですね。
でもネェ、茶の湯を知らないことなんて恥でも何でもないし、「知らない」ってことは「人に劣ってる」ことではありませんからね。
ところがところが、「知らないと恥」みたいな感覚になることって、よくあることかなァって感じますね、実際は全く恥なんかじゃないのに!
そういうの、感情が刺激されるというか、なんか、そんなふうに感じちゃう傾向もあるみたいで、マア、自分を否定することの一種でしょうかね、もちろん人によってその程度、強弱は異なると思いますが。
だからですね、茶会に誘われても拒む人って、いるんだろうと思いまして、でも実際は、茶会で「恥をかく」なんてことはないんですよ。そもそも、「茶を知ってなければならない」なんてことはないんですし、「知らないことはしちゃいけない」なんてこともないんですから。
それで、知らないけれども「参加してみよう」とか、「習ってみよう」なんて思えるなら、そういう人のこと、大好きです。