茶の湯は思いやりの心

上は、TVドラマ「風の吹く場所へ」のワンシーンで、字幕に「愛をもって生きれば、世界はもっとよくなる」とありまして、手前にいる後ろ向きの女性が、向かい側の人に言ってます。
その元々のセリフ、続きも全部書きますと、
「我們有愛心、有溫度、世界呢、就會變得好一點。
我們冷漠無情、肆無忌憚,世界就會變得壞一點。」
そうですねえ、おおよその意味は
「私たちが思いやりと温かい心を持ってるなら、世界はきっと良くなる。
私たちが冷淡で無情、他者を顧みないなら、世界はきっと悪くなる。」
・・・ってなところでしょうか。
で、茶の湯は「相手のことを思って」するものでありまして、自分だけのことを考えては、茶の湯が成立しません。
それで、ドラマのセリフに「肆無忌憚」という言葉がありましたけど、茶の湯は「型が決まってる」作法に従って進行するわけですが、実は「型」は「どうでもいい」面があると言いますか、型よりも優先すべきものがあって、それは、「相手のことを思って」行うことでして、そのためには、型に固執するようではいけません。
日本語に「忌憚無く」って表現がありまして、マア、遠慮せずに思いのままにっていうようなことかナァ、それで、茶会の席で弟子が上手にできないことを叱責するお茶の先生を見たことがありますけど、それが「お客様の前で」なんですからね、お客様に喜んでいただくと同時に、亭主側一同、お弟子様方も含めてみんなが「楽しかったなあ・・・」っていうのが茶会と思いまして、だから、先生を批判するような文になっちゃいましたけど、マア「忌憚無く」書いちゃったことでして、とにかく茶の湯は一から十まで「相手が喜ぶように」、つまり、お客様方も主催者一同もみんなが楽しめるように行うものですからね、「型どおりに」することが誰かを苦しめることになるなら、そんな「型」は行うべきではありませんで、型を無視しても、集まった皆様が喜べるように行うべきでして、マアそんなわけで、茶の湯を「全く知らなかった」夢野久作が、ある人のお伴をして初めて茶席を体験した時の文章がありまして、それも、益田鈍翁の掃雲台での体験ですから全くビックリで、その時の様子を書いた文章がありますけど、今日はもう紹介する余裕もないので、次回以降何回かに分けて書けたらなあとは思いますが、どうなりますことか、今は ? ? です。