茶の湯 ー 禅修行の食事と懐石

上はTV画面を撮影したもので、字幕に「毎日 向き合う 一杯の粥。」とあります。
さて、道元禅師の「赴粥飯法」には食後の後片付けのことも書かれてまして、「洗鉢之法、先收衣袖、莫觸■盂。頭鉢受水、今用熱湯、用鉢刷、誠心右轉于頭鉢、而洗教除垢膩令浄。」
それで、■と表示したのは、パソコンで表示可能な文字の中に含まれないからでして、■以外にもですね、パソコンで使用できない文字が多々ありますから、引用するのは以上に留めます。
アノ、食事を終えた鉢にですね、「水」を受けると書いてあるんですが、「今は熱湯を用いる」とあります。
で、熱湯を食器に入れてもらったら、「鉢刷」という道具を使って食器をきれいに洗います。洗い終えましたら、湯を次の器に注ぎます。そしたら、道具を使って食器の内側も外側もきれいにして、最後に布巾で拭きます。
さて、次の器に湯が移されましたから、その湯で匙と箸を洗い、2番目の食器も洗います。湯を3つ目の器に移し、2番目の食器を布巾で拭きます。
2番目の食器を洗う時、鉢刷という道具も洗い、匙と箸を収納した袋に、いっしょに収納します。
3番目の器には湯が入ってますけど、湯を一口分、器に残しておいて、残りの湯は桶に入れるのですが、最後にですね、3番目の器に残しておいた湯を「飲んでしまいます」。
禅の食事について書くのが目的ではありませんから簡略に記しましたが、器類は一つ一つ大きさが違いまして、第一番目の大きな鉢の中に、他の器が「入れ子になって」収まるようになってますから、拭き終えた食器類は「一つにまとまってしまう」わけで、そのひとまとまりの食器類の上に布巾などを載せ、一枚の大きなフクサでひとまとめにして包み、それで食事が終了です。
要するに、食べ終えた食器類をシンクで洗うようなことをしませんってことが書きたかったンです。
今回、禅修行の食事についてちょっと書きましたのは、食器類の後始末がですね、懐石の後始末と似てるというか、共通点がありますから、それで書いたわけでして、でも、「相違点」もありますので、相違点などについては次回に。