茶の湯 ― 焦げ湯のやさしい味

ふみ

上はTVドラマ、原題「去有風的地方」のワンシーンで、日本語字幕は「よい子はおやすみ ねんねしよう」です。

それ、ドラマ挿入歌の一節でして、画面右側に歌詞の中国語字幕、「我的宝宝快睡覚」が表示されてます。マァ、日本語字幕と意味は同じで、「私の赤ちゃん、ねんねしな」ってとこでしょうか。余談ですが赤ちゃんのことを「宝宝」と表現する、その心情に全く同感です。参考までに、以下、関連するURLを紹介します。

https://www.youtube.com/watch?v=c9ko1RwVB9I&list=RDc9ko1RwVB9I&start_radio=1&rv=ZAQSCpYkfMY

紹介したシーンは、高齢のおばあちゃんが、若い女性に「ねんねしよう」って場面、その女性、おばあちゃんとは全く「他人」なんです。

いいんじゃないですか、年齢が何歳であろうと、母親じゃなくたって「ねんねしよう」って「大人に」言うの、また、子どもじゃないのに「ねんねこしてもらった」って。別の話ですが、大人がね、赤ちゃんに「ねんねんヨー、ねんねんヨー」するの、イヤァそれ、ママじゃなくたって、よその赤ちゃんに対してだって、「喜びそのもの」デスヨ。

 

アノ、前回のブログで書きましたお焦げ(누룽지)で、焦げ湯(숭늉)をつくって味見しました。はじめての体験です。

イヤァ、うれしかったです、「やさしい味」がしましたし、大げさに言ったら感動でして、アノ、「やさしい味」っていうのは、私の最大の褒め言葉なんです。

 

何と言えばいいか、つくりたての豆腐を「温かいまま」で食べますと、もちろん、醤油などつけない「そのまま」ですけど、そういう味わいを私はとっても大切に思う人間で、「そのものの味わい」を心ゆくまで堪能できるからなんです。

私はたとえば豆腐とか刺身とか、今採った野菜なんかも、調味料無しに食べることは楽しみでして、そうするのは素材そのものの「味わい」を感じたいからで、もちろんその後、調味料で食べるおいしさを楽しむわけですが、でも、素材の味を調味料にかき消される前の段階で味わうってことは、喜びなんです。

 

で、懐石の最終段階で焦げ湯を供しますけど、その「焦げ湯」がすごく「味わい深いものだ」ってこと、「お焦げ」(누룽지)から「焦げ湯」(숭늉)をつくってみて、初めてわかりました。以前に私がつくってたのは「味わいのカケラもない」不味いものだったと。

 

蛇足ですが、朝鮮半島の食生活で누룽지や숭늉が日常的だったのは、炊飯事情というか、古来の家屋構造、炊事場だったからこそで、でも、古民家でない現代韓国の台所では、누룽지ができないから숭늉もつくれませんで、イヤァ、日本ではカマドでの炊飯が行われなくなって以来、「焦げ湯」づくりに難儀したと思いますけど、韓国もね、今では누룽지づくり、숭늉づくりは昔のようにはいかないだろうって想像することです。

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