茶の湯は仲がよい同士で

ふみ

 

上の写真は、江戸時代中期にできた舞踊「雛鶴三番叟」のテレビ画面を写したものです。

踊りの詞章の中に、次のような言葉があります。

「さてもよいよい よい仲同士は 天下泰平 国土安穏 今日の御祈祷なり」

 

それで、テレビの字幕なんですが、画面の下部に「仲がよいというのは 天下泰平」とあります。また、画面右端には縦書きで「今日の御祈祷なり」と表示されてます。

 

さて私は、仲が良いってことを心底念願してますし、そのようにありたいと思ってることです。

そして茶の湯というものは、仲が良いからこそできるものでありまして、ですから先人が、茶の湯というすばらしいものをつくってくれたことに対して、感謝でいっぱいです。

 

そんなわけで、「仲が良い」という基盤がまずあって、その基盤の上に成立するのが茶の湯だと、私は思ってるわけですが、茶の湯と深く関わり、また、ことあるごとに「吸い茶」方式にさせた豊臣秀吉は、「政治的目的」で茶の湯を利用したのであって、「仲がよい同士で交流を楽しむために」行ったのではないって、そこのところはキッチリと「分けて」、つまり、「茶の湯を通しての交友」と「茶の湯を政治利用する」ことでは、茶の湯がまるで異質のものになってしまうということは押さえておかなければならないポイントだと思うことです。

 

アノ、織田信長や豊臣秀吉の茶の湯は、「仲がよい同士で行う」ことでは全くありませんで、大げさに言えば「政治戦略」の一つとして茶の湯を使ったと、私はそう見てまして、次回は豊臣秀吉の吸い茶のことをほんのちょこっと。

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