茶の湯 ― 食材としてのシジミ

ふみ

上の写真はテレビ画面を撮影したもので、懐石の最初に運ばれてきた膳です。

中国では唐の時代以降、また日本でも左が右より上位で、左側に飯椀がありまして、前回ブログに書いた「蒸らしてない飯」が写ってます。

右側が味噌汁で、映像からは結び麩と小豆の白味噌仕立て、あるいは合わせ味噌仕立てに見えますが、画像からは当然、味噌については特に、どちらかわかりません。

画像だけでは更にわからないのが、向う側に写ってる酒の肴、いわゆる向付で、へぎ造りか細造り、あるいは昆布〆? マア、不明です。

 

さて、それとは全く関係ないんですが、10月4日にこのブログに載せた写真は、連続テレビ小説「ばけばけ」の映像で、字幕に「しじみが ほとんど入っちょらんがね」と書いてあります。その画像は懐石と全く無関係の、家庭での食膳です。

 

で、シジミの味噌汁はおいしいと思いますし、島根県北部の旅館に泊まった時もシジミ汁でした。それで、今日書きたいのは「シジミ」のことで、茶の湯の懐石でシジミを使うかってことなんですけど、まず、味噌汁の場合は、私なら使いません。

理由ですが、シジミは小さいので、お客様が一つ一つ殻を指でつまみ、箸で身を取り出すなんて、指も汚れますし、それより何より、殻を椀に戻してまた別のシジミの身を外すなんて作業、茶席でしていただくのは忍びないですし、何より懐石では「食べられないものは供しない」のが原則と思いますから。

さらにまた、汁替えの時、シジミの殻が残してある椀を下げて汁替えする ・・・ ってことにならざるをえないでしょうし、お客様は食べ終えた後にですね、椀にしても陶磁器の器にしても、食器は全部湯ですすぎ、その後、懐紙できれいに拭いてお返しするわけですからネ、椀の中にシジミの殻が残ってたらそんなことできませんし、まあ、そんなこんなで、私にとって、懐石でのシジミ汁は考えられないことです。

 

アア、関連して別の話ですが、料理が得意だった八代目坂東三津五郎、彼がまだ「簑助」だった頃ですね、出汁をとった後のシジミは捨ててたそうですが、それを井口海仙に忠告されたというんです。イヤア、井口海仙の忠告、茶人としてあたりまえ、というか、井口海仙は料理の本もいっぱい書いてますからね、とにかく、茶人であろうがなかろうが、料理人も同じですけど、食べられるものを「捨てる」なんて「しない」精神は共通だと思います。なお、辻嘉一も八代目三津五郎と交友があり、なんか、歌舞伎役者とか茶人とか料理人とか、そういう立場を超えた「料理」の話になっちゃいましたけど。

なお、井口海仙の茶書は昔から読んでる私でして、先刻の話の続きですが、出汁をとった後のシジミは、肴として調理するよう、簑助に提案したそうです。

またまた蛇足ですが、辻嘉一は「お料理かるた」というのをつくってまして、「む」は、「無駄なく経済考えて」です。

【辻嘉一の動画が以下で見られますから、参考までに。】

https://www2.nhk.or.jp/archives/articles/?id=D0009250096_00000

 

話を元に戻しまして、シジミを茶の湯の懐石食材として使うなら、そうですねえ、向付としては、酢味噌和えとか胡麻酢和え、その他箸洗いにもですね、実だけ取り出し、幾粒か椀に入れるとか ・・・


さて、今日はこれでおしまいですが、次回は茶人がシジミ汁を供した話、書きたいです。

×

非ログインユーザーとして返信する