茶の湯 ― 懐石のシジミ汁

ふみ

上の写真、ムクゲの下に置いたのは子母澤寛の「味覚極楽」で、その中に「しじみ貝の殻」という文があります。ある人から聞いた話を筆記したもので、「わし」と自称してるのは石黒忠悳です。石黒忠悳のことは今日は書かず、後日にします。

 

『牛込早稲田に赤沢閑甫という茶人が住んでいた。わしよりは三十位も年長だが元気な老人であった。作州津山の藩主松平さんの茶道だったが、お気に入りだったので、御維新の際に茶室を賜わった。閑甫翁はその茶室のかたわらに、六畳一間の粗末な家を建て、ばあさんと二人ここに住んで、光風霽月、終生茶を楽しんで終わった。

わしは友人五、六と共にこの庵へ招かれたことがある。老人は貧乏、すべて簡素なこしらえで、その茶料理のめし、汁、むこうづけ、とりざかな、ゆずゆもの、香のもの、菓子、茶と型どおりに品は出るが、この汁(味噌しる)の実がしじみ貝、やきものが薩摩いもであった。金にあかした品々よりも茶料理としてはこの方におもむきが多い。わしは汁を吸いながら貝のからを一つ一つお椀の蓋の上へ並べてみた。』

 

続きは次回にしますが、ここまで読んできて、赤沢閑甫に完全脱帽、もう、尊敬しかありません。

前回のブログで私は、懐石の味噌汁にシジミを使いませんって書いた凡人ですし、その枠を超える赤沢閑甫のマネなど到底できず、凡人の日々を生きてます。


でも今日は、シジミ汁を供した茶人の話を書いて、シジミ汁といい、薩摩いもといい、もう懐石の趨勢から枠外というか、私が二次元世界を生きてるとすれば、赤沢閑甫は三次元世界を生きてまして、彼は「超越してます」からネ、でも、ようやく彼の超越に敬服できる心境になりつつあるかなア、だからシジミ汁の話もこのブログに書いて、私もそう心境でありたいって、言えるようになったかなア・・・

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