茶の湯 ― 主客共にうれしい

TVドラマ「去有風的地方」(邦題「風の吹く場所へ」)のワンシーンに、「第一百二十六章」とパソコンに打ち込んだまま、大麦茶の手が止まってしまう場面があります。創作が進まないんですネ。
そのうち彼女、机上に異物を見つけたり、液晶ディスプレイ付近の汚れが気になって拭いてみたり、キーボードの掃除を始めたり ・ ・ ・ と、そうですねえ、気が散ってる状態とでも言いましょうか。
アノ、イライラしてるのかも知れないし、マァ、それよりも、「満たされない」感が押し寄せてきたのかなあ? 彼女。
それで彼女、夜になって暗くなっちゃいましたけど部屋を出て、木立に隠れる寸前の三日月を見るんですが、厨房に明りが灯り、包丁を叩く音がしますので、行ってみます。
すると、馬丘山が調理中で、ビーフンをつくってるところでした。
それで、12月1日に「茶の湯もまた『走花路』」と題した文に書いたとおり、そのビーフンを「失蹄ビーフン」と名付けたというんですけど、アノ、調理してるのが「馬」さんで、だから料理名に「失蹄」の名を冠したという洒落も含まれてるわけです。
ドラマが進みますと、馬丘山は北京で大成功した実業家だったということがわかり、でも、事業に失敗しちゃったってことで。そういう彼だからこそ、料理名を「失蹄ビーフン」と言ったわけで、すごくいいのは、「失敗した過去の自分」を「否定してない」ってことなんです。
だからこそ馬丘山は、一目で「落ち込んでるなあ」と感じた大麦茶に対して、こよなく優しくできたんですね。
馬丘山は大麦茶(ふだんは彼女、「大麦」と呼ばれてます)に「失蹄ビーフン」を勧め、大麦はごちそうになるんですけど、勧める側も受ける側も「自然そのもの」で、不自然な遠慮や誇張した感謝が皆無ってところがよかったです。今日の掲載写真は、大麦が大食してる場面です。おいしかったんでしょう! よかったですね。
アノ、昭和30年代頃までは、汽車で向かい合ったり隣り合った人には、全く知らない人でも菓子や果物、その他食べ物を勧め、いっしょに食べる光景、普通でした。昭和40年代半ばでもですネ、韓国のローカル列車に乗ってた時、向かい合ったご婦人から菓子だったか何だったか、それは忘れたんですけど、とにかくいただいて、いっしょに食べた思い出があります。
で、「挨拶」って、人と人をつなぐきっかけとも思いますが、それよりもっと効果絶大なのが、食べ物を提供するとか、いっしょに食べるってことだなあと思うことです。
それで、茶の湯ではネェ、懐石で食事を差し上げ、酒を酌み交わしますの、私はそれ、すごくいいって思いますし、お茶を差し上げたりいただくのはもちろん楽しいですけど、懐石を差し上げたり、いただくほうが、もっと楽しい・・・って感じることもあるかなあ。
話は脱線しましたけど馬丘山、悩んでる大麦の話を聞いてあげて、苦しい気持ちに共感するの、ソレ、仏道で言ったら「慈」であり、「悲」ですけど、それが「全く自然に」できちゃってるんですよね。
そして、馬丘山が言いたいことって、「属於自己的路」に尽きると思います。それ、「自分自身の道」ってことで、結局、仏道だってそのとおりなんですけどね。
さて、すごく食べっぷりが良かった大麦は、その後に茶をいただきますから、一件落着、「アア、よかった」と、ドラマを見てる私は安堵したし、うれしくなったんですが、その後、話が急展開、自分の部屋で大麦が泣きじゃくってるんです ・ ・ ・
続きは次回に。