茶の湯では「助け合う」

上の写真、テレビ画面ですが「どうすれば友達を助けてあげられる?」って字幕を見て、アア、茶の湯って「助け合うことによって成り立つものだなあ」って、以前からそう感じてたことではありましたが、その画面を見て、改めてそうなんだ・・・って思ったことでした。
例えば亭主でしたら、お客様とのやり取りがあり、そのやり取りって、「言葉を介して」のやり取りもありますけど、私の感覚では、言葉以外のやり取りのほうが段違いに多いですね。
何と言ったらいいでしょう、雰囲気というか、一座の皆様に喜んでもらえてるかどうか ・・・ ということに始まって、好ましい茶席になってるかどうか、あるいは稽古でもですね、好ましく展開してるかどうかって、ソレ、「亭主ががんばればできる」なんてものでは決してありませんで、同席している方々の協力というか、表現に困ってしまうんですが、いっしょにこの場を好ましい雰囲気につくっていきましょうと、まあ、協力していただくという表現では思いを伝えられなくてもどかしいんですけど、喜ばしい茶会の場、あるいは稽古の場を実現するためには、いっしょに集う皆様が良い雰囲気を目指し、そのために協力するってこと、それが一番大切だって、私は強く思うことです。
同じことは茶会の客にも言えて、亭主が努力すれば良い茶会ができるわけではなく、お客が亭主といっしょに喜ばしい茶会を「創り上げていこう」とする気持ちを実践することによって、それで初めて雰囲気の良い茶会ができるわけであって、稽古の場だって同じことですネ。