2025年9月のブログ記事

  • 茶の湯 ー 給仕の大切さ

    上記の写真はテレビ画面を撮影したもので、お節料理、三つ肴のうち、ごまめです。テレビで店名は紹介されてませんけど、調理は「光仙」だと思います。「ごまめ」でなく、「田作り」の名称になってるのは、関東で制作、撮影された番組だからでしょうか。 ごまめの料理法と言えば佃煮と思いますが、昔(江戸時代)にはごま... 続きをみる

  • 織田信長がフロイスに呈茶

    緊急報告です。このブログを投稿した直後、ちゃんと投稿完了したかどうか確かめるため、「パソコンで」開いてみました。 今回私が投稿したブログは、「岐阜市デー」の写真から始まるんですが、自分の投稿画面を見ますと、「岐阜市デー」の写真の上方に、「ビデオ」という文字と▶印だけが表示されてるのがありました。不... 続きをみる

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  • 茶道具を見せびらかす織田信長

    8月27日のブログに、次のように書きました。 「その後、彼は、修道士と私を、二、三人の特別な寵臣とともに伴って、茶の湯の室、および彼が同所で所蔵していた他の高価な品を見せました。」 その「高価な品」のことを書く前置きとして、前回までのブログを書いてきたわけですが、ルイス・フロイスが茶の湯の室と高価... 続きをみる

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  • 「松島の壺」が織田信長に

    「高槻市史」第3章第1節から、一文を引用します。 『堺豪商今井宗久は名物「松島壺」を持ち、やはり堺の武野紹鴎は名物「茄子」を献じたといい、信長の芥川逗留14日間は、門前市をなしたという。『今井宗久茶湯書抜』によると、宗久所持の「松島壺」は永禄13年4月朔日、信長のもとで堺支配に当たっていた松井有閑... 続きをみる

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  • 「松島の壺」運搬の疑問

    「信長公記」は信長の家臣だった太田牛一が江戸時代に完成させたようですが、書いてあることが正しいとしても、ドキュメンタリーの映像とは違いますから、読む人によって異なる解釈が行われるのは当然ですね。例えば永禄11年10月に、信長が芥川山城に滞在していた時のことを書いた一文を紹介しますと、『今井宗久是又... 続きをみる

  • 来歴という茶道具の価値

    前回は、芥川山城に滞在していた織田信長に、松永久秀が「つくも茄子」を進上したことを書きました。 で、次は、今井宗久が松島茶壺を信長に献じたのは事実なんですけど、それが、芥川山城に信長が滞在中のことであったということには疑問を持ってますってことを書きたいんですが、その前に、今日は東山御物に関連するこ... 続きをみる

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  • 「つくも茄子」茶入が信長に

    「つくも茄子」を使って茶会をしたら、所有者の松永久秀自身は大いに喜びでしょうし、客はうらやましさ Max で、誰もが「欲しいなあ・・・」って思うでしょうね。 で、次は何の根拠もない私の妄想ですが、織田信長って、東山御物にものすごくあこがれて、欲しさMax だったと、イヤ、ほんとに妄想ですけど、きっ... 続きをみる